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【冬虫カイコ先生】帰郷 「私は違う」という自意識のしんどさ

冬虫カイコ先生の読み切り漫画がめちゃ良かったです。

lin.ee

クソ田舎の閉塞感、己のクソ加減に無自覚なクソ親族が見事に描かれている。

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一枚めくったら即クソ田舎

以前書いたのと同様、「いやなものからは逃げ切れる」「二人は同じものを見ている」という幻想が打ち砕かれる。

とにかく今回も傑作なので、リンク先から読んで欲しい。

lin.ee

生々しい① 法事

私はそこそこ便利なそこそこの住宅地出身で主人公たちの境遇とはほぼ接点がないはずなのだが、このクソ田舎描写に妙な生々しさを感じた。

それはやはり、法事とかいうスーパー茶番イベントが舞台になっているからだろう。

法事の際は女衆がお茶汲み、お酌、食事の片づけをする。なんとも不思議である。不思議に思わないあなたはパターナリズムか奴隷根性が染みついている。

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私が中学生のときに出席した法事もそうだった。法事でしか会わないおばちゃんやら母やらが、誰に言われるでもなく、まるで最初からそう決められていたかのように雑用をする(一つ上の従姉はやっていなかった。クソ田舎じゃないからだろうか)。

なぜ年少者の自分じゃないのか? お茶やお皿をひっくり返したら危ないからだとしたら、なぜ男衆はごろごろしているのか? 不思議に思って母の手伝いをしたら止められた。「そういうものだから」らしい。

法事というイベントでは、女は女というだけでそういった役割を果たすことを期待される。もし女の中の一人が「私がやる道理なんてない」などと言って無視すれば、「〇〇の嫁は気が利かない」と謗られる(気の利かない女に文句を言っていたのは女だった気もする)。

女子だからと貼られるレッテル。「お前もいずれ嫁に行ってこれをするのだ」という期待。そういった息苦しいあれこれが、最も見えやすい形で現れるのが法事なのだろう。知らんけど(女じゃないので)。

生々しい② 文句言いながらも諦念

美幸がエリートコース(というか、大卒のテンプレ)の人生を送る一方、万喜は地元にからめとられてしまったかのように描かれる。

二人のすれ違うきっかけは、別々の高校に進学したことだった。美幸は普通科と思しき「山高」に、万喜は商業高校であろう「山商」に進学する。

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万喜は進学の理由をこう説明するが、成績が足りなかったし勉強する気もなかったのをこうして正当化しているだけなのかもしれない。わかりっこないが。

とにかく、役割への反発でつながっていた二人がお互いを違うものと明確に認識してしまったせいで、二人の関係は破綻してしまう。

ここまでの表情やコマ割り、台詞から、万喜には将来のビジョンなどないことがわかる。本気で外に行く気が無いものと察した美幸が失望するのもむべなるかな。

現状を嫌だと言いつつ昨日と同じことをしている友達、当たり前の生き方をつまらんと言いながら当たり前のことしかしていない友達に感じる苛立ちが再生された。

生々しい③ ワールドオブお気持ち

作中3回目の法事、万喜の法事では、いつ地元に戻るのかと問われ「私は帰らない」と答えた美幸がなぜか謝らせられる。

謝罪シーンの前後数ページにある親戚の言葉には一切の具体性がない。「人間として大事なこと」「生まれた土地のありがたさ」とは何なのだろうか? それらはきっと、群れの意識との一体感を味わえるタイプの人間にしかわからないものなのだろう。

 

まるで学級会のような壮絶な茶番。しかし美幸は謝る。自分を出すことより従うことにメリットがあるという冷静な判断があったかは定かではないが、子供のまま死ねた万喜と違い、美幸はそういうことのできる大人になったのだ。

「私は違う」という自意識のしんどさ

親戚という集合意識に一体化できない、群れの成員になれない主人公の自意識にはとてつもなく共感してしまう。

学校、部活、会社……集団ならなんでも感じる、みんなそこの空気感や総意に操られているようで、誰も自分自身で感じたり考えたりしていないように思えるあの疎外感。「私は違う」と言うことを許さず、「私は違う」という自意識を抑圧し続けるあの空気を吸い続けることで覚える不快感。「私は違う」と表明してしまうせいで破局してしまう友情。

「私は違う」という自意識のしんどさが、短い読み切りに凝縮されているようだった。

 

以前書いたブログ。先生の他作品のレビュー(?)です。

kadzuma.hatenablog.com

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