選別済み

読ませられる記事を目指します。

百合学芸員(ユリキュレーター)の誘い③【#わすれてしまうわたしたち】

百合学芸員にオススメされたもう一つの漫画です。

comic-days.com

もちろん本編↑を読んでもらわなくては話にならないのだが、説明の便利のために次節にダイジェストを載せる。

ダイジェスト

f:id:Majekichi:20200511105332p:plain

「推し」が卒業してしまい、無気力に過ごす主人公。

彼女が出会うのが――

f:id:Majekichi:20200511105440p:plain

f:id:Majekichi:20200511105510p:plain

ラブピースアース(LPE)という電波配信者。

f:id:Majekichi:20200511105606p:plain

主人公は興味を持ちフォロー。

のちにフォローを返される。

f:id:Majekichi:20200511105726p:plain

そんなある日、LPEがカメラが故障して配信できないと呟く。

お金が無いせいだろうと思った主人公は、Paypalで貢ごうとDMするが、LPEはPaypalがわからないからと実際に会うことを希望(!)

f:id:Majekichi:20200511110111p:plain

実際に会ったLPEは、配信での饒舌ぶりからは想像もつかないほど人見知りだった。

f:id:Majekichi:20200511110237p:plain

お金を渡すと「お礼がしたい」と言うLPE。

主人公は……。

f:id:Majekichi:20200511110351p:plain

連れまわして写真を撮る。

帰り際、LPEは「久しぶりの街の喧噪で気持ち悪くなった」と嘔吐してしまい、主人公が介抱する。

なりゆきでLPEの自宅アパートまで来てしまったが、LPEは意に介さない。

その後、主人公とLPEが出会うことはない。

f:id:Majekichi:20200511110713p:plain

LPEに人が集まるとともに、やっかいごとも集まってきた。

f:id:Majekichi:20200511111237p:plain

そんなある日、LPEが真似をしたアイドルに殺害予告をしたことで炎上、垢消しに追い込まれる。
その後しばらくは泣いて過ごしていた主人公も、バイトを変えて推しを変え、いつしかLPEを思い出さなくなってしまう……が。

f:id:Majekichi:20200511111535p:plain

LPEにフォローされる。

その晩、LPEの配信が。

f:id:Majekichi:20200511111644p:plain

f:id:Majekichi:20200511111841p:plain

元のキャラをかなぐり捨てて、自分を飽きたら捨てた・使い捨てた・消費したファン達への恨み言を吐き連ねる(是非読んで欲しい)。

f:id:Majekichi:20200511112339p:plain

自殺さえほのめかすのを見て、主人公はすぐさまLPEの家を目指す。

彼女の魂の叫びは是非自分の目で確認して欲しい。

変化していく関係性

この漫画に描かれるのは、ファンである主人公と推されるLPEである。

最初はその関係に対称性はない。

主人公の関心が一方的にLPEに向いている状態だ。

f:id:Majekichi:20200511113718p:plain

主人公が「顔がいい」「面白い」という感情を一方的にLPEに向けるのは、人格と人格の結ぶ関係とはまるで異なる。主人公への関心が一切払われないという条件付きの承認であり、いわば檻の外から珍獣を見ているような関係である。

 

しかし貢ぐために直接会うことになり、その関係も若干変化する。

 

f:id:Majekichi:20200511135059p:plain

主人公は、饒舌で電波なLPEが演じられたキャラであり、素のLPEが人見知りであること知る。LPE側も実際に会うにあたってはあえてキャラを守ろうとはしない。
お金を貢ぐ見返りとして主人公が求めたのは、LPEがエモい所に居る写真を撮ることだけ。あくまでファンと推しという関係を崩さず、キャラとしてのLPEにしか期待するところがない。

LPEを介抱する時だって、何の見返りも求めない。

ヒトと珍獣という距離感を超えて簒奪しようとはしないのである。

 

LPEはこれまで貢ぐことの「お返し」として、キャラを逸脱してまでセックスしたり友達になったりしてきたのであろう。

ファンの「貢ぎ行為」が下心のもとで行われると察しつつも、忘れられないために、寂しさを埋めるために「お返し」を差し出す。LPEという虚像へのあこがれ、珍獣への興味で結ぶのはキャラ対ファンの関係であり、やはり(キャラではなく演者としての)LPE対(ファンではなく対等の人間としての)顔の有る個人という関係とは重ならない。どこまでも演者としてのLPEが疎外された満足の構造だけがある。

 

そして最後の配信からラストには、この関係がさらに変化する。

f:id:Majekichi:20200511135420p:plain

淀んだ内面を吐き出すLPEは、LPEはロールプレイされた人格、虚像でしかなかったことを明かして、演じていたLPEの実像(中の人)の願いは「忘れられないこと」だったと語り、自分に飽きたら忘れたファン達への恨みつらみを並べ、挙句はキャラを守るためにキャラを逸脱するという禁忌である、ファンとの繋がりや肉体関係まで暴露する。

その後、LPEは自殺する様子を配信することで絶対に忘れられない存在になろうとする(私は自殺したところですぐ忘れられると思うが)。

視聴者はLPEの叫びにもなんの当事者性も持たず、ただ無責任に、画面の向こうからはやし立てるだけ。これだけ悲痛な訴えをしても、彼らにとってLPEは依然として檻の中の珍獣である。

しかし主人公は、大急ぎで家を飛び出し、一度行っただけの彼女のアパートまで助けに行く。

f:id:Majekichi:20200511132218p:plain

この期に及んでまだ現実感の無いコメント。死んだところで遠い世界のフィクションとして消費されて終わるのだろう

主人公を突き動かしたのは、「顔がいい、キャラが濃い」といったキャラ・役としてのLPEへの興味、遠巻きに珍獣を見る感覚ではなく、「キャラを演じてくれたLPE」という演者・実在するいち個人への労りと感謝、人格的な尊重であり、虚像=キャラとしてのLPEに期待するところは無い。

ここに来てようやく、LPEは仮面の下の自分を承認してもらえたと言えるのではないだろうか。

 

近年になって、ファンが自身と非対称なアイドル的存在(生主、ライバー、YouTuber、VTuber、レイヤー、その他創作者……)に注意力と経済的利益を注入するエンターテインメントの在り方はかなり身近になった。

本作は、そういったエンターテインメントの中で消費されるキャラ、そしてキャラと共に消費される人格への考察だろう。

 

主人公とLPEの関係という切り口で語るのに専心したが、全てがドラマチックかつ丁寧に描かれていて読み応え抜群であった。ぜひ自分で読んで、それ以外のテーマに想いを馳せてみてほしい。

 

それににしても、

百合って広いんだなあ。

 

オススメの百合(に限らずなんでも)を教えてください→@majekichi